アンクルマツのCDガイド     ボブ・マーリーのCDガイド 最新更新日2017年7月25日8 更新履歴 索引
ボブ・マーリーのCD
アーティスト別
アンクルマツのCDガイド
トップページ
ジャンル
ロック
イギリス・欧州
アメリカ
レゲエ
アーティスト別
ダブ
BLACK MUSIC
ソウル
ブルース
ベーシスト
ベーシストの作品
教本
その他
JAZZ、アフリカ等
他コンテンツ
音楽CDブログ
索引
リンク集
更新履歴
サイト制作記
ボブ・マーリー、ショートストーリー

ジャマイカから世界に対し本格的にレゲエという音楽が飛び出したとき、その代表としてこの音楽の宣教師となり、世界中を飛び回りいまだその影響力が衰えない偉大なるラスタマン。それが一般的な印象でしょう。1945年2月6日にジャマイカで生まれる。本名はロバート・ネスタ・マーリー。父親は50歳で母親がなんと18歳(!!)だったそうな。ジャマイカ国内においては10代の頃より活躍しその当時「シマー・ダウン」等のヒット曲を生んでいる。この当時はまだレゲエというよりもスカの時代。その後、ピーター・トッシュ、バニー・ウェイラーと出会いウェイラーズを形成していく。鬼才、リー・ペリーの下でレコーディングをしその音楽性を磨き上げる。 
一時JADレコードとの契約下で作品を出すがありゃりゃ状態。その後アイランドレコードのクリス・ブラックウェルに見出され世界へと進出していく。特にエリック・クラプトンにアイ・シャット・ザ・シェリフがカバーされた後はレゲエ不毛の地であった日本でもレゲエが広がっていく。なにしろ日本ではトリオ(現在ケンウッド)レコードがトロージャン・レコードの作品を紹介しはじめた程度に過ぎず(このときアフリカン・ハーブスマンが発売された)まだまだ一般的知名度はないに等しかった。それでもアイランド・レコードにおける彼の作品群が日本発売されいくらかは話題にはなっていった。一度来日しその模様がNHKで放送され、またその時の日本でのライブがほとんどブートレグ状態の音で何故か発売されてもいる。しかし趣味でやっていたサッカーの試合中の怪我がもとでその後脳腫瘍にかかり、何度か復活の噂があったものの体調の悪化が伝えれら、あっという間にヨーロッパの病院で若くしてその人生を終えてしまう。故郷ジャメイカでは政争に巻き込まれていたためほとんど亡命者といった状況の中での死であった。しかしその死後も残された録音から延々と新作が出され続けている。

ボブ・マーリーの作品
年度 作品名 レーベル
1973 キャッチ・ア・ファイア アイランド
1973 バーニン’ アイランド
1974 ナッティ・ドレッド アイランド
1975 ライブ! アイランド
1976 ラスタマン・ヴァイブレーション アイランド
1977 エクソダス アイランド
1978 バビロン・バイ・バス アイランド
1978 カヤ アイランド
1979 サヴァイヴァル アイランド
1980 アップ・ライジング アイランド
1983 コンフロンティション アイランド
トーキン・ブルース アイランド
THE WAILING WAILERS AT STUDIO ONE トロージャン
シマー・ダウン トロージャン
ワン・ディ・オブ・ボブ・マーリー TDK
アフリカン・ハーブズマン トロージャン
JAPAN TDK
アーティスト名
ボブ・マーリ-
ピーター・トッシュ
バニー・ウェイラー
バーニング・スピア
コンゴス
ホレス・アンディ
ブラック・ユフル
アスワド
マトゥンビ
スティール・パルス
G・アイザックス
シュガー・マイノット
ジ・アイタルズ
フレディ・マクレガー
マックス・ロメオ
エチオピアンズ
イスラエル・
ヴァイブレーション
COUNT OSSIE
UB40
デニス・ブラウン
インナー・サークル
メロディアンズ
ウィリー・ウィリアムス
リンヴァル・トンプソン
ヒュー・マンデル
トゥーツ&ザ・メイタルズ
ザ・ヘプトーンズ
ジョディ・モワット
マイティ・ダイヤモンズ
オムニバス盤
(C)2005-2018 アンクルマツ・ドットコム、文章についてのみ権利を主張します。禁無断転載